三角扁額のある神社
 
神社についてのページは『神社・仏閣と狛犬』がありますが、その中から鳥居の神額が三角形のものを取り上げています。

 神社の根本的思想は、自然崇拝や祖霊信仰を基本として、自然発生的に生まれた日本固有の素朴な信仰でした。
 仏教が伝来してくると、日本古来の神と仏教の仏が徐々に混淆します。
 神仏習合の始まりです。 それは長い年月をかけて緊密な集合へと進められました。
 例えば、弁財天を見るとヒンドゥー教の女神であるサラスヴァティーが、仏教に取り込まれた呼び名です。
 日本の弁才天は、吉祥天その他の様々な神の一面を吸収し、インドや中国とは微妙に異なる特質をもち、日本神話
 に登場する宗像三女神の一柱である。
 市杵嶋姫命(いちきしま  ひめ)と同一視される。「七福神」の一員として宝船に乗り、縁起物にもなっている。
 古くから弁才天を祭っていた社では明治以降、宗像三女神または市杵嶋姫命を祭っているところが多い。
 瀬織津姫が弁才天として祀られる例もあるが少ない。 
 このように、その流れは複雑です。 他には牛頭天王もそうですね。

 ところが、明治になると突然、神仏分離例が発せられます。神と仏を明確に区分せよ! というのです。 
 千年を超える神仏習合の歴史はあっけなく崩れ幕を閉じます。
 そして新たな国家神道(しんとう)の時代を迎えます。
 小さな神社は政府の指導で合祀されました。 数万の神社を廃社するという大合併でした。
 小さな神社や祠は、境内社や末社という位置に置かれたのでしょうね。  
 あるお寺は神社になれと強要されましたが、断ると火を着けられ本堂を無くしたいいます。
 昭和ニ十年、GHQの神道指令によって、神社に対する国家統 制は廃止されます。

 古代の人々は自然界のあらゆるものに神を見出しました。 これが八百万神です。 
 自然の威力に対して驚き、または自然の恵みへ感謝し自然発生的に生まれました。
 山や川、滝や森、大樹や大岩、または太陽などに神秘の存在を感じるのです。
 理解不能な霊的自然こそが神体そのものであり神霊が宿る依代と考えられました。
 このような山や森を神奈備といいます。

 神社の発祥は、この辺で割愛させていただきます。  
 さてタイトルの扁額ですが、額に文字が書いてあればお寺にあっても扁額です。 
 ここでは鳥居に掲げられた扁額について考えたいと思います。 
 鳥居に掲げられた扁額だけを『神額』と呼びます。 

 その神額の中に三角形のものがあります。 ほとんど四角形が通例のなか三角は珍しいと思います。
 色々と神社に関する書物を見ても、この神額についての、素材や形の意味については、記載されておりません。
 それなら自分で調べるしかない・・・と思って始めたのですが、今回のページに繋がります。
 神社はブログの読者からの情報で少しづつ見つかっているのですが、扁額の形に纏わる話は全く見つかりません。
 
 扁額の販売店や石材店などのHPでも見当たりません。


 
三角形を考える

 三角形は、人間界と神の世界、を表す形といわれています。
 上向きの三角形はトライアングルと呼ばれ、集中力をもたらし、エネルギーが増幅し上昇する意識
 を与えるといわれる形です。

 また、下向きの逆三角形は旗に見えることからフラッグと呼ばれ、自己主張・自己探求の意味が
 あり、潜在能力を高めてくれる力を持っています。

 このトライアングルとフラッグの2つの三角形を重ねて合わせ成り立つ
 六角星形(六芒星)を「ヘキサグラム」といいます。
 このモチーフは安定と進歩の象徴であり、神聖な図形といわれています。

  
これはダビデの星ですね。  ヒランヤパワーも昔流行しましたね。

 六角星形は日本にも古くから使われております。
 この場合は、上向きの三角形は男性=火を意味し、下向きの三角形は女性=水を意味しています。

 映画のダビンチコードでも三角形△を男性 下向き▽を女性=子宮と言っていましたね。

  ヒランヤの意味は、古代インドのサンスクリット語で「黄金」・「財宝」などの恵みを意味しています。 
  この六芒星の力を借りて人間の持つ無限の可能性に目覚めたと言われています。
  
  古代から三角形は神聖視されていたのかも知れません。

  「三」を考えると三種の神器や課題エジプトのピラミッド、ユダヤ、キリスト、など色々出てきます。
  

  「プロビデンスの目」 ・・・これも気になるところですね。  ドル紙幣にありますね。

 三鱗紋  【由来】北条時政 (北条政子の父)が北条家の繁栄を江ノ島の弁財天で37日間祈り続けました。

    

 そして祈りが終わる日の夜明け、赤袴の女性(弁財天)が表れて、「あなたの前世の徳で、あなたの子孫は日本の国主となります。」と
 お告げになり、60メートルもある龍神に変身して海の中に去りました。
 その後に残った「三つの鱗」を時政は持ち帰って北条家の家紋としました。




 石についてですが、宮城には有名な石があります。扁額にも使われている場合があります。

 稲井石    

 「仙台石」とも呼ばれ、全国にその名を馳せてきた名石「稲井石」。
 その歴史は古く、文永五年(西暦1268年)に建てられた宮城県の河北町の板碑に使われているのが確認されています。
 石質は黒くどっしりと重圧感があり、美しい石目が特徴で、文字を刻むと鮮明な白が浮かび上がることから、明治以降各地の記念碑、墓碑
 に数多く利用されてきました。
 東京の立憲記念碑、仙台の瑞宝殿、亀岡八幡宮、鹽竈神社、松島の瑞巌寺の石碑など、今でも日本各地で見ることができます。


 現在この其々の神社について共通点を見ると。
 
 @ 今のところ宮城県内だけで見つかっています。
 A 太平洋の沿岸に多く、最近若干内陸でも見つかっています。
 B 材質は、基本石で作られています。
 
   祭神による共通点はありません。

 
 三角は、津波の時に、ここに逃げろという印なのか? 三角は、津波を表すのか??
 三角波は危険とするが、それを表しているのか?
 そう思ったのは、三角の変額を発見してから間もなく、3.11の東日本大震災があったのです。 
 しかし当時私が知っていたその神社はすべて無事でした。
 基本的に神社が高台にあることが多いからとも考えられますが・・・・
 その後、数か所海沿いの神社が破壊されたところもありました。 
 ただ、神社は開発(道路や宅地)のために合祀されることが多く、この場所が元々あった場所とは限らない。
 また、ただの流行やデザインなのかもしれない? 
 しかし、限定的で沢山あるわけではなく、特定の地域ではない?
 これからも、追跡していきたい。




 下に張り付けた頁は、石巻のフリーペーパー『ございん石巻』の「歴史ハンター」のページです。
 私の記事に興味を示していただき掲載していただきました。 
  
 それでは過去に取材してきた神社をリンクいたします。 

  愛宕神社/田尻          青巣稲荷神社/山元町        刈田峯神社/遠刈田    

  鷺屋神社/亘理町        須賀神社/東松島市          竹駒神社/岩沼市

  高砂神社/仙台市蒲生    八幡神社/河北町横川         鼻節神社/七ヶ浜       

  三峯神社/栗原市若柳    吉田神社/七ヶ浜             山神社/石巻市                     
 
                                                                             

 


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