あらはばき アアハバキ 荒脛巾 その原点を探ります

                                                          

  荒脛神社 (荒脛社・旧、荒権鎺現社)

    鎮座:岩出山町下一栗字荒脛巾(現大崎市) (旧、玉造郡上一栗邑
     住所を見ると荒脛巾そのものである。

    祭神:祖神として天、地、水の三神を基とし、日輪(日、月星)を父なる神、万物を育む地、水(山海)を母なる神とする。
     自然信仰で、二千年に及んで鎮座する産土(うぶすな)神であります。
     祭神が自然信仰の大元であることが、古さの照明でしょう。
     天皇や人や神話の登場人物が神として祀られる以前の昔から、信仰されたものであることがわかります。


    由 来
     古代先住民(荒吐族(あらばき)・荒脛巾族(あらはばき)の祖神、守護神として祀ったもので、ある文献によると、
     古代の東北、関東の地に六百余社数え、平安期のアラハバキ系中心王侯は南部衣川、安倍氏が後裔と言われる
     前九年の役後、改神或いは合祀の憂目(うきめ)に逢い、現在県内に残る荒脛巾社は当社他数社のご鎮座が見られます。
     ※憂目=悲しいこと・つらいこと

    祭杞年
     定かではないが、アラハバキ族の王城の地を西暦前に米山町朝来(あさご)に、また西暦後多賀城へそして古川市宮沢
     (302年)に移したとあるこれを証とすればこの何れかの時代に、この地に一族集団が安住を求め守護神として祈ったもの
     として祀ったものと推定される。
   
    御霊験
     永い間の信仰体験から何時とは無く「みずいぼ」の神と呼ばれ最もあらたかであります。
     また「目、耳、鼻」の神、また諸願、成就の「産土神」として二千年に及び鎮座し、今なお崇敬者が絶えないあらたかな神で
     あります。

    例祭日=旧九月二十九日
      
     ここでも、先住民族が出てきますが、アラハバキ神がまずあり、後にそれを信仰するものを、第三者が「アラバキ族」とか
     「アラハバキ族」と呼んでいたものと、私考ではありますが思います。


       

    小さな社であるが、注目したいのは、裏手にある石の祠で、これが元々の神では無いかと思います。

       


          
   
   また、この鉄製の鳥居ですが、弥生文化は稲作と同時に製鉄の始まりでもあります。
   鉄との関係も無視できない要素だと思います。
   他の「あらはばき神社」には鉄の下駄なども供えられているそうです。

             
       石に開けられた穴はどんな意味があったのでしょう?     
       自然信仰で二千年に及んで鎮座する産土神(うぶすな)であるとして、元初の最高神だったことを伝えているが、
       何時のまにか「みずいぼの神」と呼ばれ 「目、耳、鼻、」の神になってしまった。

       次のページで、「記紀」から見るアラハバキを探る。

       あらはばきトップへ


                                                         


Copyrigt (c) 2009,ひーさんの散歩道 all rights reserved

inserted by FC2 system